数学とか語学とか楽しいよね

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【ナヴィエ・ストークス方程式】岡本久『流体力学と数学』抜書

はじめに

今回は岡本久『流体力学と数学』から抜き書きしていこうとおもいます。「抜書」の部分は全て抜き書きになっています。ご注意ください。
https://mathsoc.jp/publication/tushin/1802/1802okamoto.pdf

抜書

連続体とは,その微少部分と全体の物理的な性質が変わらないものをいう.


かれのプリンキピアの Book II には流体現象の様々な理論が展開されているが,ほとんどすべてが間違いである.


さて,ナヴィエの理論はどのようなものであるのか? ナヴィエはニュートンラプラスと同じく,最小単位の粒子を多数(しかし離散的に)考える.そしてその相互作用を適当に仮定してナヴィエ-ストークス方程式を導く.分子動力学原理主義者にはたまらない論文であろうが,読んでみても何も納得できないというのが筆者の感想である.実際,彼の論法だと,液体も固体も区別が付きそうにない.固体の弾性体に対するナヴィエの理論は問題なかろうが,全く同じ論法で流れの基礎方程式を出したとしても,結果が正しいだけであって,そのプロセスは正当化できない.


ナヴィエの論文を読んだ後でストークスを読むと爽やかな気分になるのは筆者だけではあるまい.ストークスは何を仮定し,何を導くべきかがわかっている.ナヴィエと違って,連続体を使うことに何のためらいもないから,論旨は極めて明快である.こうして,非圧縮粘性流体の基礎方程式が由緒あるものとして定まったのが 1849 年である.というふうに考えるのは現代人である.実際にはナヴィエ-ストークス方程式がどの程度正確に物理現象を再現できるのか,疑問に思う人は多かった.ラムの流体力学の教科書である Hydrodynamics はこの道の定番ということになっているが,この教科書の初版(1879 年)では,ナヴィエ-ストークス方程式に全幅の信頼を置いているようには見えない.実験と比較できるようなデータがまだ出ていなかったのであろう.


ナヴィエ-ストークス方程式の解を調べるに当たって,渦度に注目することは重要である.


これからわかるように,渦度分布は連続であるが,鋭く変化している.理論が示しているように,2 次元ナヴィエ-ストークス方程式の解は何回でも微分が可能である.しかし,あたかも C1級ではないかのように見える.これが以外に重要である.つまり,数学者の判決は「2 次元では解は滑らかであり続ける」であるが,実際には渦度の 2 階導関数のノルムは,有限ではあっても極めて大きいという実験的事実がある.あまり巨大になればそれは不連続関数と見た目には変わらないのである.実験や観測にひっかからないくらい大きくなったら,実験的には∞になっているということも可能である.


いわゆる「渦班」というものがある.これは 2 次元オイラー方程式の弱解のひとつで,ある領域で渦度が1,それ以外の領域で0となるものである.この領域の境目は閉曲線になるが,それが時間とともにどう変化するかが問題となる.これをオイラー方程式にしたがって解いてみる.上の図に見える領域が渦度1の領域であり,その外側では渦度はゼロである.最初の小さな(しかし滑らかな)出っ張りが,時間とともにとがり始めるように見える.実際,こうした数値実験が報告された当初,これを「有限時間で境界の曲線が滑らかさを失う」というふうに解釈した人々がいた.だが,しばらくしてこの曲線がすべての時間にわたって 0< t < ∞ 滑らかであることが証明された.こうした現象,すなわち,滑らかであるにもかかわらず特異点であるかのごとく振る舞う点のことを擬特異点と名付けてみた(文献[4]).これが数学的に厳密に定義できるものでは無いが,流体力学を数学と他分野で共同に研究する場合には役立つ概念であろうと信ずる.そもそも乱流も数学的な定義にはなじまない概念であるが,その重要性はいまさら強調するまでもあるまい.オイラー方程式にはこのほかにも渦層や水面波などおもしろい現象が多々存在するのであるが,専門的になりすぎるように思うので,あとは文献に譲りたい.


1991年,私がまだ若かった頃,現在名古屋大学にいる木村芳文氏に誘われてニューメキシコ州のロスアラモス研究所に行ったときのことである.「ルレイの弱解は初期値を与えたときにただ一つしかない」事を『証明した』と称する講演に出くわした.これは,特異点のある無しの問題を回避しながら,ルレイの未解決問題を一部解決したことになり,極めてセンセーショナルなことである.この発表の共著者の一人である○○はベテランの数学者であり,信じるに足るように思えた.私はこれを聞いて友人や師匠の藤田宏先生などに大急ぎで連絡をとったことを昨日のことのように覚えている.しかし,その後,その『証明』には致命的な欠陥があることがわかった.藤田先生曰く「○○も年寄りの冷や水はやめておけばいいんですよ.」この言葉は今でも耳に焼き付いているので,この歳になるとミレニアム問題に挑戦しようという気は萎えてくるのである.1998 年,ベルリンのコングレス(ICM)でも「解けた」という報告が一般講演にあったが,その後どうなったかは聞いていない.当時誰も信用していなかった事だけは事実であろう. いずれにせよ,難しい問題であることは間違いない.これに挑戦できるほど若くはないと思うとき,寂しさを感じるこの頃である.


今井先生の教科書[1]はよくできた教科書である.


今井先生は多くのお弟子さんを育てられたので,日本の理論流体力学はきわめてレベルが高い.私は今井先生のお弟子さんや孫弟子さんから多大の影響を受けてきた.若い頃でも今でも共通する思いは,「流体力学を理論的に研究するときには,数学も物理も数値計算も重要性に差はない.」という信念である.


1991 年にロスアラモスへ行ったとき,著名な物理学者の DC 氏と立ち話をすることができた.そのときに「私は流体力学について研究している.今後は乱流についても研究したい.」というようなことを述べたところ,彼の反応は私の予想外であった.確か,このような感じのアドバイスをもらったのであったと思う.「やめとけ.乱流は悪い問題だ(Turbulence is a bad problem.).ものすごいエネルギーを費やしてもあまりはかばかしい結果は出てこない.」 ある別の人の言い方はこうであった:「乱流は悪女のようなものだ.魅力的だし,最初は笑顔を振り向けてくれるが,あるとき急に冷たくなって,どれだけ貢いでみても戻ってこない」.こうした「乱流=悪女」説はそれ以後も聞いたような気がする.数年してから A. Chorin 氏が京都大学に来たときに,彼の乱流の講義を聴いた後,DC 氏の話をした.Chorin 氏は「DC は正しい.私も同じアドバイスをしたかもしれない.」これで私の進路は決まったようなものである.乱流についてはおっかなびっくりでついて行くのではあるが,全身全霊を捧げることにはならなかった.数理流体力学を専門にする人は問題の選択が重要であろうと思う.あまり難しすぎる問題を選ぶと論文は書けない.しかし,物理学的に見て意味のない論文は数学であっても数理流体力学ではない.どのあたりで妥協するかが思案のしどころである.